四季折々





*冬*

 正月まであといくつ寝ればなるかとそろそろ言ってもおかしくない時期になったと、雪の到来が告げていた。
 幻想郷に、冬が来た。
 山奥にある幻想郷は見た目も実際も辺境の地であり、また、強力な結界によって外部から遮断された一つの世界となっている。それゆえ、まれに結界を越えて外の世界から人や物が流れてきてその恩恵を受けることはあるが、基本的な文明レベルは結界が張られた明治時代からあまり変わっていない。
 幻想郷に唯一存在する人里は、少しずつ新しい年の準備をしつつも日々の暮らしを変わらず送っていた。
 紅魔館に住むメイド、十六夜咲夜も変わらず日々を過ごしていた。
 人里から離れた畔に建つ紅い洋館に住む唯一の人間で、他にいる妖精メイドがあまり役に立たないので館を実質取り仕切っており、ほとんどの仕事を一人でこなしている。とは言え、紅魔館は広く普通に仕事をしていたらどう頑張っても時間が足りないので、彼女は自身の能力である「時を操る力」を駆使しながら仕事をこなしている。
 そして、ある日、館内の業務をある程度終えた咲夜は買い物をするため人里へ赴いた。青と白のメイド服に肌色のマフラーを首に巻いただけでは寒そうに思えるが、彼女の顔は寒がっているようには見えなかった。
 館にいる時は警護も兼ねて常に警戒している咲夜ではあるが、人里ではそんなことをする必要はなく、強いて言えば和服が多い中にメイド服は目立つ程度で他の人と同じだろう。垢抜けた雰囲気を出しながら買い物かごを片手に店の人と少し話をして目的の物を買い終わった咲夜はそのまま真っ直ぐは帰らず、魔法の森へと向かった。






*秋*

 ふわり、ふわり。
 本人の気質がそうさせているのか、博麗霊夢の飛行は非常にゆったりとしていた。いや、異変が起きた時ならまだしも、特に何事もない日ならばそう急ぐ必要もないということだろう。
 霊夢は妖怪の山へ向かっていた。
 幻想郷で「山」と言えば普通は妖怪の山のことを指す。
 異変が起きたのではなく、むしろ解決してまだ日が浅い。
 山に住む妖怪も神々も霊夢がいることを不思議に思わず、のんびりとしている。
 そよ風に体が包まれながら目的の場所へと飛んで行く霊夢を止める者はいなかった。
 ゆらり、ゆらり。
 そして辿り着く。
「あ、霊夢さん。こんにちは」
 明るく穏やかな声が霊夢の下から聞こえてきた。
 霊夢はゆっくりとその少女の目の前に降り立つ。
「やっほ、来たわよ」
「ようこそ、いらっしゃいませ」
 二人の巫女が微笑みを交わしながら向かい合う。
 一人は幻想郷の要とも言える博麗神社の博麗霊夢。
 一人は先日、幻想郷へとやって来た守矢神社の東風谷早苗。
「さ、どうぞ。こちらです」
 青と白の巫女が先導し、紅白の巫女は後を付いて行く。






*夏*

 外の世界の気候が幻想郷にも影響するかはさておき、この年の幻想郷の夏は暑かった。暑いことは季節を謳歌できるということでもあるが、大多数は暑さをいかにしてしのぐか悩み苦しむ時期と思われる。
 様々な幽霊がいる冥界は、幻想郷の中では比較的夏を過ごしやすい場所だろう。その理由はまさに幽霊の存在である。幽霊にも種類はあるがそのほとんどが、体温が低い。傍に居続けると凍傷にもなりかねない危険性すらある。冥界に生命のないものが全くいないというわけではないが、顕界とは異なる世界なのだ。
 しかし、それでも冥界に夏は来る。
「ふぅ」
 冥界の幽霊を管理する西行寺幽々子が持つ屋敷、白玉楼の庭と幽々子の警護を任されている魂魄妖夢は暑さの中でも庭の手入れと屋敷の巡回をしていた。
 妖夢は半分人間、半分幽霊の半人半霊という珍しい存在である。外見は普通の人間と変わりなく、平熱はほんのちょっと低い程度。考え方や振る舞いも一般的な女の子と同じだ。しかし、幽霊も混じっているということで、彼女の周りには大きな幽霊がついている。その幽霊は妖夢の半身と言われ、妖夢の意思で動く。こちらも体温がそれほど低くない。
 体温はどちらもやや低い程度なのだが、それで夏の暑さが変わるというわけではない。白玉楼の広大で美しい庭園を中心に歩き回っていた妖夢の額には輝かしい汗が流れていた。勤労の証とでも言えば聞こえは良いか。
 一仕事終えた妖夢はとりあえず幽々子の元へ行くことにした。おつかいなど頼みごとがあるかもしれないし幽々子に付き合わされるかもしれないが、主人の命令には基本的に忠実な、まじめで実直な性格が妖夢なのだ。
 幽々子がいる部屋の障子を開ける。
「なっ!」
 と、そこにはなぜか博麗神社の巫女、博麗霊夢が幽々子と向かい合って座っていた。






*春*

 穏やかな陽気だった。
 こんな日はのんびりと外で昼寝をして一日を過ごしても構わないかもしれない。
 けれど、散歩も悪くはない。
 いずれにしろ日向に当たるなら外に出た方がいいだろう。
 藤原妹紅はゆっくりと体を起こし、家を後にした。
 ぶらぶらと歩きながら空を見上げようとすると、たくさんの竹が雲の代わりに日光を遮っていた。一旦顔を下げ、今度こそ日光がよく当たる場所で空を見上げると、暖かい陽射しが妹紅の体をやわらかく包みこんだ。
 春の太陽は夏とも秋とも冬とも違う。「春」という言葉がそう感じさせるのかもしれないが、それこそが四季なのだろう。
 手ごろな土手に腰を下ろした妹紅はそのまま眠るように両手を頭の後ろに当てて体を地面に預けた。そして、目を閉じて全身で太陽の光を浴びる。
 安らかな一時だった。
 そよそよと風が吹く。
 それと同時に、がさがさと何かが草をかきわけて走る音が聞こえた。
 兎か何かとも思えたが、それにしては音が大きかった。
 薄らと目を開けた妹紅が見たものは、人間だった。背は小さかったのでおそらく子供だろう。他に大人ないし子供は見当たらないし、足音も聞こえない。
 そして、少年が行った方角は妹紅が歩いてきた道だった。
 ……見てしまったからには、このまま昼寝を続ける気にはなれなかった。






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