雪降りて、君を待つ





 プロローグ 白雪の兆候


 どんなに寒くても霧雨魔理沙は飛ぶことをやめない。それは、魔法使いは箒に乗って空を飛ぶものだと魔理沙の中で決まっているからである。だから、魔理沙は今日も舞い上がる。
 固定観念に縛られているとも捉えられるし、自己が確立しているとも思える。
 ただ、大空を自由に飛び回る魔理沙の姿は魔理沙そのものを如実に表現しているように見え、何者にも何事にも縛られない彼女がそこにあり、風を切る姿は奔放自在だった。
 年が明けて一ヶ月ほど経った。
 今季の幻想郷の冬は今のところ雪があまり降っていない。年明け前に積もった分が溶けて土と混ざってしまっている。辺境の地といえども温暖化の影響はあるのだろうか。
 しかし、寒いことには変わらず、マフラーを首に巻いた魔理沙の頬は赤くなっていた。目的地である博麗神社までの距離はさほどないが、空は冷えた世界だ。
 それでも博麗神社へ行くことは魔理沙の日常の一つであり、暇つぶしなどと称して博麗霊夢の顔を見るのは、もはや当たり前のことのようだった。
「さて、今日も神社は暇かな」
 言いながら、魔理沙の口元はにやりと薄く笑っていた。最初から答えは解っているような口ぶりであり、そして、ほとんどの場合、それは正しい。博麗神社に訪れる人間の参拝客は少なく、唯一の巫女である霊夢は度々そのことを気にしている。
 しかし、魔理沙には関係ない話である。
 神社の鳥居が魔理沙の視界下方に映り、箒の角度を下向きにして着陸を始める。ゆったりと降下し石畳に足をつける。
 そして、気づく。
「霊夢?」
 神社の正面、賽銭箱の階段の手前に霊夢がばたりと倒れていた。
「おい、霊夢、どうした!」
 急いで魔理沙は近づく。
 霊夢は仰向けに倒れていたが目立った外傷は見当たらず、見た目は眠っているようだった。
 ひとまず魔理沙は安堵した。
「オオワライタケでも食って笑い疲れたのか?」
 冗談を交えながら再び霊夢に呼びかける。
 だが、返事は返ってこない。
「……霊夢、起きろ。風邪ひくぞ」
 しかし、いくら呼びかけても目を覚まさず、何度か体を揺らしても反応せず、やはり霊夢は眠っているのではなく意識を失っていた。
 段々と魔理沙の顔に不安の色が滲みだしてきた。諦めず、霊夢の体を抱えて再び揺さぶり起こそうとする。しきりに霊夢の名を呼び、徐々に声を荒げる。
「霊夢!!」
「ん……」
「霊夢っ!?」
 ようやく霊夢に反応らしきものがあった。今度は優しく霊夢の体を揺らす。
 そして、再び寝言のような反応があると余裕を取り戻したのか頬を赤子に触れるような柔らかさで何度か触れた。
「ん、あ……あれ……?」
 そして、ようやく霊夢の両目が開いた。
「霊夢!」
 たまらず魔理沙は声を上げる。その声は安堵と嬉しさに少しの不安が混じったような声色で、魔理沙が出す声としては珍しかった。
 寝ぼけ眼のような瞳を浮かべながら霊夢の上体がゆっくりと起き上がる。そして、本当に寝ぼけているかのように辺りをきょろきょろと見回した。
「まったく、こんなところで寝るなよ。もう冬なんだから風邪ひくぜ」
 魔理沙はやっぱり霊夢は昼寝でもしていたのだろうと思った。それが自然な解釈だった。


 しかし、焦点の定まらないような両目を恐る恐る魔理沙の顔を見つめ――、


「あの……、私が何者か、ご存知なのですか?」


 そして、ありえない質問をしたのだった。







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