ドミノ

水木 真



 季節は冬を向かえ、もうすっかり布団から出るのに苦労を感じ始め、同時にそれまでの温もりがこれ以上無いと思う程愛おしくなってきた頃合だ。目覚まし時計が鳴り響かなければ何時までもこのまま天国と言う名の毛布に包まれていたいのだが、そうも行かない。
「ピンポーン」
 なんて無情に響き渡れば即座に現実世界へ引き戻されてしまう。例え一度で覚めなくても直ぐ二度目三度目がやってくる。即座に意識を取り戻してもがくならば、結果的には忘れてしまう夢の中でもがいている方がまだ良いのかもしれないと考えてしまう。
 それでも約束を守らないとものすっごい怒る相手ならば、後々の事と天秤に掲げてまだ働いていない頭で比較するに、そんな状況でも起きてしまう自分がいる。
 一応、防寒対策はしたつもりだったのだが、それでも裸同然の様に思えてきて、且つ視界が安定していない中は、風が吹いていない吹雪、とこれまた矛盾した例えだ。要するにそういう微妙な現状だと理解してくれれば、有難い。
 ここに来てまだ荷物の整理もまともにやれていない為、地面は安定していない。流石に金物まで放置してしまう阿呆では無いが、それでも何かの拍子にすべ――、
 ガンッ!
「いっ……………てぇ!!!」
 余りの痛さと、その素晴らしくないセンスと不意打ち加減に一瞬言葉を無くしてしまったが、冷たさに感覚が少し麻痺しているはずの左足の小指を発信源として次々と電気が走って来てしまい、声を上げずにはいられなかった。
 ……や、正にその通りですね、ホント……。
 思わず敬語っぽいものを使いながら自分の滑稽さを自嘲し、意識がはっきりすると共にどんどん痛みは増して行くが、それでも呼ばれた方角に向かわなければならない。
 ピョンピョン跳ねながら無理矢理玄関へ到着、そして開口。
「おはよ。どっかぶつけたの?」
 やっぱり外まで届いていたか。
「まぁ、ちょっと足の小指を……」
 垂れている片手で痛めた箇所を押さえる。
「もー、ちゃんと掃除しないからだよ」
 言わなかったらむしろ何か奢る位の、予想通りの答えが返ってきた。
「説教は後。とりあえず入ってくれ……」
 寒いんだよ。無茶苦茶。
 扉を勢いで完全に開けたと同時に中へ逃げる。これ以上この格好でいられるかって。
 ハンガーに掛かっている服を適当に取り、着替えて寒さを和らげる。それでも一向に震えが止まる気配は無く、我が家唯一の暖房器具であるストーブの電源を入れる。これが存在していなかったら恐らく死んでいただろう。
「直ぐ出るんだから意味無いと思うよ」
「気分の問題だ」
 扉一枚隔ててこちらの行動は観察されているらしい。しかし、人の下着姿は汚らわしくて見られない癖にストーブの赤みはしっかりと見えるんだから不思議な眼だよな、全く。まぁ、こちらも気兼ねなく半裸になれるから良いんだけど。
 着替えを終え、財布と携帯をポケットに入れて最後に厚手のコートを羽織って準備は完了した。ガラガラと戸を開けるとその音を聞いただけで動いてくれた。
 一応窓が開いたままかどうかの確認をしてから俺も外に出て鍵を掛けた。
 外は雪が降っている訳でもないのだが、息を吐けば白い。なら、十分寒いな。
 歩き出すと同時にコートのポケットに詰め込んであった手袋を取り出して着ける。
「マフラーもあれば良いのにね」
 毛糸とかが駄目だって知っているだろ……。
「今度、良いのがないか見に行こうよ」
「余裕が出来たらな」
 何時も暇そうでしょ、とかそんな答えが返ってこないので一安心だ。
 にしても、このままだと四の五の言っていられる状態じゃなくなりそうだな……。
 今はとりあえず近くに温かそうなものがあるので、背に腹は変えられないが、それで我慢しとくか。と、二人の間の距離を縮める。この際だ、ベットリ貼り付いてやる。
「わっ……」
 今まで普通に並んで歩いていたのに、突然俺が近付いてしまったから少し驚かせてしまった様だが、特に拒む事も無く受け入れてくれた。むしろ、普段俺からこういうはそんなにしないからちょっと嬉しいかも、なんて思っていそうだが、流石にそれは自惚れか。
 ……ま、好意的に捉えてくれているのならば十分だな。
 そういう訳で、クリスマス辺りに今の感じで町を歩けば、覆面のマッチョ共にでも制裁を喰らってしまいそうな状態でいるが、会話は無い。別に話す事が無いならそれはそれで構わないし、特に気まずい等と思う事が無いって言うのは中々有難い。こういうのって四六時中何かしていたり話していないといけないのか――って最初思っていたけど、まぁ、来る所まで来れば大丈夫なんだな。要するに慣れだな、慣れ。
 そんな余裕。心が高ぶる事も無く、のほほんと普段通りにして居られる。落ち着けるって言うのは結構大切で、有難い事なんだな。
 我ながら唐突に思った。
 で、その次の瞬間。
 ピチャッ。
 ……………ピチャッ?
 自分の足元を見ると、そこには水溜りが一つ。しかも、他の場所には一切見かけないのに、何故か俺の足の真下にのみ存在する。中々の不自然さを醸し出しながら。
「……今日の降水確率は」
「特に降るとは聞いていないよ」
「……昨日は降ったか」
「さぁ、夜中に降ったとも聞いていないよ」
 ……………俺の脚部は今年、前厄とかそういうのなのか?
「こういうのは気にしないが一番だな」
「まぁ、たまたま星占いで最下位だったんだよ、きっと」
 俺は信じていないぞ、そういうの。
 とは言え、まだ二回だが、こうも起こるとなると気分を害さない方がおかしいと思う。
 朝に黒猫と烏を見たら誰だって縁起が悪いなぁ、と思うのと一緒だ。二度ある事は三度あるって昔からの言葉は、そうなる確率がそれなりにあるからこそ今まで残っているのではなかろうか。そして、そう思うとよりその確率が高くなってしまう気がする。
「多分、今、抽選会とかあってもティッシュ以外は貰えなさそうだな」
「じゃあ私が引くよ」
 そういう問題じゃないって。
「やっぱり……嫌?」
「嫌って言うか、まぁ、やっぱり、気にはなるよ」
 思わず頭をポリポリ掻いて顔を少ししかめてしまう。
「大丈夫だよ。きっと、気のせいだよ」
 単純に励ましてくれているんだと思う。なら、その厚意を無駄にしちゃいけないな。
「そうだな、ありがとよ」
 ポン。と頭を触る程度に叩く。
 少しだけ見詰め合うと、それだけでさっきの出来事がちょっとだけ忘れてしまいそうになる。安らぎは意識しないと気付かない位のものだなぁ。
 言うならば、顔を正面に向けて、ようやく目的地に着いていた事を理解した程だった。
 多分、大きい方だと思う。階数は二桁近くまであるし、勿論エレベーターとエスカレーターはあるし、店の前で色々宣伝していて、フロアの大きさも中々。全部見ようとしたらそれだけで一日を過ごせそうな感じだが、生憎、お互いそこまでの趣味では無い。
 即座に目的地のコーナーと向かう。場所も一階なので有難い。が、普段は余り行かないので案内掲示板でも見ないと直ぐに場所を特定出来ない。
 だからと言って焦る事は無く、ついでにウィンドウショッピングとなった。電化製品が陳列しているのでデジカメとかは二人で見て触っているとそれなりに楽しめる。勿論、買う気も余裕も全く無いが。
 段々楽しくなってきたのか、上の階にも行こうよ、とか言い出してきたのでそろそろ見付けないと厄介な事になりそうなので却下。ブーブー文句言っても駄目。
「また今度な」
 適当にはぐらかしてサクッと良いのを見付けてサクッと買うか。
 そういうつもりが、すっかり物色をしていた事に気付いたのはもう少し後だった。
 やっぱり、折角自分専用を買うならば自分の要求に合った物が良いが、それがそう簡単に見付かったら苦労しない。店員さんに何度か声を掛けて、店員さんも少しは仕事をしている気になったのではないかと思われる。
 ちなみに専門用語とかサッパリなので余計手間を取らせたはず。
 それでも、概ね要求に応えてくれそうな品があったと思うので合格。この際、奮発しちまうかって事で他にも幾つか買う事に。これでより快適になりそうだ。
 思わず笑いたくなるが、残念ながら財布は笑ってくれそうにもない。
「やっぱり高いねぇ……」
「まぁな。でも、これだけの為に誰かんち行くのも面倒だしな」
 今の所に越して来てからの夢みたいなもんだな。
「でも、あんまり熱中し過ぎるのも良くないと思うよ」
「そりゃそうだけど、今の時代無いとキツイだろ」
「うん……まぁ、そうだね」
 納得してくれた様だ。時折頑固だから、一度傾くと結構苦労するんだよな。つまり、折らせるなら今の内。
「後、ついでに手続きもしちゃうから、もうちょっと時間掛かるけど、良いか?」
「うん、構わないよ」
 元々そのつもりだったから縦に振ってくれなかったら困ったぜ。
 それは兎も角、善は急げと言わんばかりに意気揚々とサービスセンターの方に向かう。胸が高まって思わず早歩きになっているかもしれない。
 そんな嬉々の最中、そう、人が思わず羽ばたけそうな勢いの中、誰かがこう言った。
「おい、お宅は客に不良品を売るのが趣味なのか?」
 ……………。
 あぁ、やっぱり、今日の俺は呪われているな。とりあえず、カレンダー見れば、間違いなく仏滅。足に対しての不幸ではないが、人の神経を逆撫でする一言を耳にする。
 しかし、だからと言って何もしない。嫌と言えば嫌だが、どうも出来ない。やるならば手続きを早く済ませてとっとと退散するしか、あの雑音から逃れる術は無い。
 念の為に持ってきたメモ帳を片手にササッと記入する。新しい住所なんて簡単に覚えられないし、他にも、万が一訊かれた時に対処出来るかもしれないし。ついでに隣で暇なのか、ジーっとこちらを見ている人にも間違いが無いか尋ねてみるが、うん、まぁ、住んでいない所の事についての、正誤の判断が出来たら逆にちょっと怖いよな。
 とりあえず何事も無く流れているが、一度耳に入ると、どうも気になって仕方ないのか、あの耳障りな何かがどうも聞こえて来てしまう。
 詳しい内容はよく知らん。説明書読んでも使い方が分からないから適当に動かしたら突然うんともすんとも言わなくなった、とかそんな感じ。店員さんは購入前に色々説明したらしく、向こうの要望に応えたと言っているが、そう簡単に納得する程、人が出来ているはずがない。意味不明な独自の理論を展開していてどっちが正しいのか殆ど聞かなくても判断出来るのに……って、しっかり耳を傾けている自分が情けない。
 そして、手続きの方はちゃんと完了しているのだから、意識の二分が出来ている自分を褒めれば良いのか悲しめば良いのか判らなくなってくる。
 ただ、これだけは間違っていないと思う事。それは、家へ直行。善は急げだ。
「修理? まだ買って直ぐだぞ、そんくらい交換しろよ!」
 ブチッ。
 今まで抑えていた何かが弾けた時の、効果音とか擬音としてはこれが一番しっくり来る。
 自分でも理解が出来ない。散々思っていたはずなのに、実際の行動が正反対だなんて。
「あれ、どうしたの?」
 返答もせずに早歩きでその場へ流れ込んでしまった。
「おい、さっきから聞いているけど、いい加減にしろよ」
「な、なんだお前は!?」
 突然の第三者に驚いたのか、不協和音を奏でている主がギョッとこっちを見る。店員さんも流石に驚いたそうで、思わず体を引いてしまった様だ。
「あんたの声とあんたの言っている事が余りにも馬鹿らしかったんだよ。どう考えても悪いのはあんたなのに、それを認めず責任を擦り付けてグチグチと言っている上に、人の話には全く耳を傾けないなんて、人としてどうかと思ったんだよ」
「な、なんだと……! 突然現れて、いきなり何だね!?」
 奴の火に油を注いだ事は間違いなかった。だが、それはこちらも同じだった。
「自分の非を認められず、誰かに非があるだなんて考え、大人としてどうかと思うよ」
「お、おい、お前! さっきから何て言い草だ! これだから最近の子供は――」
「話を摩り替えるなよ」
 自分でも分かる。今の俺はおかしい。理性を失っていると自覚しているのに止まらない。
「それにな、『これだから最近の子供は』とか言ったがな……、俺から言わせて貰えば『これだから最近の大人は』、だよ!!」
 怒髪天を衝く様に、相手を睨み付ける。鬼気迫る感じなのか、反論が来ない。場は静まり返っている。まるで、俺が時を止めている様で、その再開も俺が決められる気がした。
 しかし、流れの続きは呆気無く、向こうが急に「二度と来るか、こんな店!」と虚勢を張った捨て台詞を放って去ってしまった。そうなると、俺の興奮も冷めてくる。
 そして同時に……自分が何を仕出かしてしまったか、ようやく理解した。
 う、うわ……うわわ、うわぁぁぁ――! ま、正に穴があったら入りたい……!
「す、すみません!」
 とりあえず店員さんに謝る。それでも、体から湯気が出そうだ。周りをよく見れば他の客がしっかりとこっちを見ている。それがさらに恥ずかしさを引き立て、顔は上げられず、体も震えてきてしまった。
「い……、いえいえ、こちらこそ、不快な思いをさせてしまい、申し訳ありません」
 恐らく苦笑いをしながら、店員は言ってくれた。しかし、それは間違いなく咄嗟の営業トークで、本心は……ぐあぁぁああぁぁぁ、想像するのも嫌だぁ――!
 もう居ても立っても居られなくなってきたので、適当にあれこれ謝罪してその場を走り去る様に離れた。気付けば店の外にいて、息も荒くなっていた。深呼吸をしよう……。
 少し経ち、ようやく落ち着ける様になってきた時……、あ、とすっかり忘れていた事を思い出した。実際は目の前に姿を発見してからだったが……。
「や、その……」
 上手く言葉が纏まらない。言い訳にしか聞こえないだろうが、それでも色々言いたい事はある。原因とか理由とか動機とか諸々、あるにはあるんだ。
「す、すまん」
 しかし、結局出たのは軽い感じの平謝りだけだった。
「……いいよ、別に……」
 その声はあからさまに不機嫌、と言うか怒っている。顔は少し下を向いているので、二つの意味で、まるでさっきの自分を少し彷彿させるような、そんな感じだ。そして、何も言わずに歩いて行ってしまう。
「だ、だから、さ、その……。と、とりあえず勝手に先行って悪かったな」
 必死の弁解の様なものも恐らく右耳から入って直ぐ左耳から出てしまっていると思う。それでもやっぱり謝らない訳には行かない。一度こうなると中々許してもらえないとか、そういうのもあるけど、やっぱり俺が悪いんだから、謝らなければならない。
 歩きながら何とか端的に思い付いた言葉を繋げて文にしようとするが、効果は皆無。それでも諦めてはならない。
「えっと、じゃあ、何か奢るよ! だからさ、許してくれよ!」
 そこでピタッと止まった。
「……もう、良いよ……」
 ようやく溜め息交じりの言葉が出た。
「……………」
 しかし、続きが無い。
 こちらも何を言って良いのか分からず、ただ向こうが何か喋ってくれるまで黙っているしかない。しかし、沈黙の重みはどんどん増して行く。
「ねぇ」
「な、何だ?」
「どうして私が怒っているか、分かる?」
 ようやく見る事が出来た顔は……怒っていると言うよりも、悲しい感じがした。
「え、そ、それは――俺がお前を置いて――」
「違う」
 え?
「……お願い、冷静になって。そうすれば、直ぐ分かるから」
 れ、冷静になって、と言われても……。俺はまだ冷静じゃないと言うのか?
 ていうか、今の言い方は、怒っている理由に対しての答えが間違っているって事だろうけど、そうなのか? 俺はてっきりそうだと思っていたんだが……。
 ……………あ、そか。普通そうだよな。
「ごめんな、あんな事をして」
 確かに、冷静になれば直ぐ間違いだって分かるよな。むしろ、何でそう思っていたのかおかしいよな。ますます今日の俺はどうかしている気がする。
「半分正解」
「えっ……?」
 それは意外だった。
 嘘、他に何かあったか? あれ以外に考え付かないぞ。
「じゃ、じゃあ、店員さんたちにちゃんと謝罪しなかった?」
 それでも思い付いた限りの事を言うが、首を縦に振る事は無かった。
「……分からない?」
「駄目だ、全く分からない」
 そう言うとまた溜め息を付いた。そして、また無言の重圧が圧し掛かってくる。
「あのね、私がまだ不機嫌なのはね」
 向こうも言葉の整理をしているのか、一度区切る。
「確かに、知らないおじさんとあんな喧嘩をしたのもそうだけど、それよりも、私はそうなってしまった流れとその続きの、さっきまでの言い訳よ」
 ……多分、精一杯言葉を選んだつもりだろう。だが、少し抽象的だった。
「普段なら、あんな風にはならなかったと思う。けど、自分で『今日は厄日だ』みたいに悪い考えをして、悪い方向に行って、悪い事をして、自分の中では過ぎた上に少し清々したから少しの間だけ悪い事だと気付かなくて……」
 声は徐々に詰まって行き、しゃっくりをして、涙が出始めて、もう嗚咽は止まらなくて、それでも、必死に伝えたい事を口にして……。
 もういい、もういいよ。
「ごめん……」
 そう言って俺は抱き締めた。
 ようやく分かった。全部、分かった。
 そうだよな。足の指をぶつけた事だって、水溜りに足を入れた事だって、知らない人が店員さんに文句言う事だって、別に、大した問題じゃないんだよな。ちょっとした日常の嫌な出来事が続いただけなのに、それを俺が悪い方、悪い方に考えて、どんどん苛ついて、おかしくなって。考え方も変だったし、混乱していたし。
「どうかしていたな、俺」
 そうだ。よく考えれば一番辛かったのは……。
 耐えていたんだと思う。最初、指をぶつけた時から、水溜まりの時も励ましてくれたし、見ていなかったと思うけど、俺が店を去った後、代わりにきちんと謝ってくれたかもしれないし……。それなのに、俺はさっき、勘違いな事を言って……。
 駄目だ駄目だ。今、分かったばかりだろ、こうなると、どんどん悪い方向に行くって。ここで止めなきゃ行けないんだ。まだ間に合うんだから。
「ありがとう、ごめん……」
 俺はそれを繰り返し言った。それでどうにかなるかは分からなかったけど、だけど、自然と口にしていて、ずっと言い続けていなきゃいけない気がした。感謝と謝罪。何度か言う内に、それはもう、誰に言っているのか判らなかった。
「大丈夫、もう、大丈夫だよ……」
 そう言いながら腕から離れても、まだ涙目で鼻を啜っている。
「ごめんね、急に泣いちゃって」
 今度は向こうからの謝罪。それで分かった。
「良いんだよ、謝らなくたって」
 予想外の返しだったのか、え、と零れた。
「ここで謝ったら、また悪い方向に行く。だけど、まだこの悪い流れは止める事が出来る。だから、もう止めよう、やり直そうよ」
 これもちょっとした事なんだよ。
「……………」
 悲しい顔は、少しずつだけど、元に戻って行き、少しずつだけど、笑みを取り戻した。
「さぁ、行こうぜ」
 手を差し伸べる。
「うん」
 ギュッと握り締める。
 路地を歩き始める。
 少し近付き合う。
 何も言わない。
 顔を合わす。
 照れ合う。
 笑い合う。
 良かった、もう、大丈夫だ。


 夕陽が眩しく位にキラキラと輝く黄昏。並んで家へ帰る。歩みは、穏やかだ。
 冷えた風を互いの手と手が支え合い、温もりを感じ続けられる。
 気付けば、さっきまでの出来事が嘘だったかの様に、何時も通りだった。むしろ、あれがきっかけで今まで以上にお互いを深め合う事が出来たかもしれない。
 そうだよな。悪い方向に行く事もあるなら、良い方向に行く事もあるよな。
 もしかしたら、また、こういう事が起こるかもしれない。だけど、そうなったとしたら、今日の事を思い出せばきっと元に戻る。そう感じる。俺たちなら行ける。
 どうしてだろう、手を繋ぐだけで、こうも安らぎ、根拠の無い自信が湧いてくるのは。
 分からない。でも、当たり前の様にも思える。不思議だ。
「これからもよろしくな」
 不意に、なんとなく、本当になんとなくだけど、言いたくなった。
 予想通り、最初はきょとんとしたが、直ぐ微笑んでくれた。
「こちらこそよろしくね」


 家の前まで辿り着くと、何故か友人たちがいた。
「お、帰ってきた、帰ってきた」
「どうしたんだ?」
「いやいや、今日、集まろうって言ったでしょ? 二人とも電話しても出ないから直接着ちゃったよ」
「げ、マジか……。あ……、本当だ」
「ごめんね、ちょっと色々あって気付かなかったよ」
「まぁ、いいよ。それよりさ、早く開けてくれ、寒いぜ」
「あーすまんすまん、今開ける。……ところで、その色々入っていそうな袋は何だ?」
「これ? いやさ、折角お前んちに集まるんだから、ついでに引っ越し祝いってことで鍋でもやろうぜーって事で。で、これがその材料」
「鍋? 良いね〜。今日寒いし、ピッタリだね」
「だろー?」
「よーし、食いまくるぞー!」
「はいはい、男子陣もちゃんと手伝ってよね」


「……………や、あの、俺んち、鍋無いぞ……?」


「「「「え?」」」」


 ……………。


 ヒュ〜〜〜……。


 あぁ、今日は本当に寒いな。



終 




後書小言あとがきこごと

 はい、またしてもご無沙汰です。何時もはトロロ爺だけど、小説のみまた別の名前を使っています。
 一応、上にも書きましたが「水木 真」と称しております。
 ええ、大変、字画のバランスが悪いんでしょうか、妙な感じがします。
 個人的には(発音のみ)気に入っているんですがね……改名しようかな。



 それはそうと、新作です(2007夏現在)。
 一応、夏休み中に載せた事になりますが、実はこれ、春に書い……。
 で、学校の文芸部の新入生歓迎の部誌用に載せたものなんですが、それが流布したのが六月辺り……。

 まぁ、時間の流れは一先ず、こっちに載せる際にちょこっと見直しをしたので、変な所は無いと思います。

 ……完成して部の編集係の方に提出する前に、友人数名に見て貰ったのですが、最後の方をやたらボロクソに言われて大々的に直そうとは思ったのですが、そんな余裕と気力は無く、まぁ、それも良い思い出って事でそのままです。



 さて、じゃあ、ついでに本編も。
 まだ続くとか言わないで下さい。

 前回の作品である「」をご覧になった方は、もしかしたら、お気付きになったかもしれませんが、なんとなく雰囲気が似ています。と言うか似せました。これが僕の書き方なんだ――! と今は言っておきます。

 どこら辺? と問われると非常に困るので、とりあえず登場人物の名前がそうだと思います。
 またしてもありません。ななしのごんべいさんでは御座いません。

 意味はあるようであんまり無いのですが、まぁ、無くても行けそうだったのでこの形をしばらく通していきます。

 他には……季節は、むしろ真逆ですよねぇ。
 登場人物の数とページ数は減りましたねぇ。

 ――まぁ、そんな感じです。

 あ、あと、全然関係無い、と言うか、意味無い事なんですが、
 本編中にて主人公(仮)とヒロイン(仮)がお店行った際に、主人公(仮)が買った物は何だったと思います?
 あれ、わざと明記していなかったので、まぁ、そこらへんは人によって違う答えが良いなぁ、とか思って書きました。
 作者的には一応『パソコン』のつもりでした。
 ちなみに、先に読んで頂いた方々の中には『テレビ』がありました。
 まぁ、僕もそのどっちかだろうなぁ〜と思っていましたので、それ以外があったら面白いです。

 え、電気歯ブラシ? なるほど、確かそれは共有したくありませんね……って、買い換え様のブラシを買えば済むじゃん。

 ……………。

 あ、それと、主人公(仮)とヒロイン(仮)らの年齢についても明記していませんが、
 これもまた皆さん次第で構わないのですが……、先に読んで頂いた方のお一人が
 「水木君が高校生だから高校生かと思った」
 と仰いました。
 ……高校生で一人暮らしって何処の漫画やゲームっすか、○○先生(今はもういない)。

 まぁ、一応、大学生のつもりでした。すみません、高校生に思えたらごめんなさい。



 さて、次の予定は文化祭後だと思われるので、まぁ、冬前ですかねぇ。
 もう既に物語は決まっていて、ちょこちょこ書いてはあります。
 ……季節はまたしてもズレていますが。
 いやいや、これも予定の内……予定の内……。



 そんな訳で、これにてまたしても長くなってしまった後書小言を終わらせて頂きます。
 最後にすっかり書き忘れていた言葉で締め括ります。



 有難う御座いました。



2007/8/24 水木 真 

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