続・四季折々
※これらの話は先に本編を読み終わってから読んで下さい。
冬 | 秋 | 夏 | 春 |
*クリスマスケーキを作ろう その後*
賑わっていたはずの広間はすっかり静かになっていた。華やかな料理も心躍る音楽も、興味をひくあのケーキも何もない。今は妖精メイド数人が掃除をしていて床を掃く音や足音しか聞こえず、静寂が広間を包みこんでしまっていた。
咲夜は妖精メイドたちに指示を出しながら館内を歩いていた。歩いて、ふと窓の外を見ると月がうまい具合に雲の波から出ていて、とてもよく映えていた。それを見た彼女は足先をくいっと曲げてどこかへ行った。
レミリアは日光に弱い。吸血鬼の特性で、外の世界に伝わっているイメージと変わらない程度の弱点をいくつか持っている。日光もその一つだが、日傘があれば外を歩ける程度でもあるらしい。ただ、いずれにしろレミリアの活動時間は夜である。
コンコンコン、と軽快なノック音が響く。
「失礼します」
「あら、咲夜。後片付けはもう終わったの?」
「まだ少しありますが、大体は終わりました」
レミリアは昼間、咲夜が買い物から帰ってケーキの本を見せた時と同様、館内の一室でソファーにゆったりと座りながら紅茶を飲んでいた。
「そう。じゃあ、各自、終わり次第休むように言っておいて」
「畏まりました。紅茶のおかわりは如何致しましょうか?」
「お願いするわ」
頷いて咲夜はレミリアの前にあるテーブルのティーポットを手に取る。
「今日のパーティーは中々面白かったわね」
「ありがとうございます」
レミリアに紅茶をつぎなら咲夜はにこりと笑った。
ティーポットをテーブルに置き、咲夜はそれからレミリアが座っているソファーに一冊の本が置かれていることに気付いた。表紙を見れば直ぐ分かる。咲夜が拾ってきたあの本だ。
しかし、咲夜はそれには触れず、
「大晦日はどのように致しましょうか?」
すでに先を見据え、レミリアの顔を覗き見るかのように体を少しレミリアの方に向けた。
レミリアも言われて考える。
「そうね……」
「幻想郷風に、少し落ち着いた趣がよろしいですかね?」
咲夜のその発言は恐らく、パーティーでのレミリアの言葉からくるものだろう。
外のケーキを真似する必要はなく幻想郷のケーキを作ればいいと言ったレミリアの言葉が影響したのか、パーティーは賑やかではあったがやかましいほどではなかった。
宴などはそれくらいが丁度いいのだろうが、程良い陽気に包まれつつも穏やかである幻想郷ならば、もう少し声を抑えた方が適当なのではないか。
咲夜はそんな風に考えてみた。
「なんで?」
しかし、レミリアは顔をちょっとしかめてそう言った。咲夜の言葉が意味不明、理解不能といった具合に聞き取れたのかもしれないが、咲夜としてもレミリアがそんな反応をしてくるとは思っておらず驚いた。
「いえ、その方が幻想郷的ではないかと思いまして」
言葉が少なかったかなと、咲夜はもう一度説明した。そこからさらに、お嬢様の言葉を聞いてこんな風に思ったんですよ、などと子供をあやす感じではなかったが咲夜なりの解釈とそこから導き出された考えを伝える。
「ああ、そう、なるほど」
レミリアの反応は素っ気なかった。もしかしたら機嫌が悪いのかもしれない。なにしろ、レミリアは見た目も中身も基本的には子供なのだから。
「そんな必要もないでしょ」
「……なぜですか?」
そこでレミリアは一度紅茶に口をつける。ゆっくりと紅茶を味わい、そして、ティーカップを静かにソーサーへ置いた。
「だって他所は他所、家は家じゃない」
あっけらかんと、当たり前のようにそう言い放った。
咲夜は最初驚いて、次に笑みだけを浮かべ、最後に少し声を出して笑った。レミリアはそんな彼女の表情を見て満足気な顔をしていた。
「では、いつものように致します」
頭を下げて咲夜はレミリアから離れた。そのままお互い分かっているかのようにレミリアは立ち上がり、咲夜は部屋のドアを開ける。レミリアがドアを通ると咲夜もドアを閉め、後を歩く。廊下はさほど明るくなく月の光は窓が少ないため恩恵を受けられず、ランプの火が作る道は途中で消えてしまっているように映っていた。
二人はそのまま歩き続け、紅魔館の正面にあるバルコニーまでやって来た。ここなら外の景色がよく見え、夜の幻想郷と館の庭が暗く美しく眺められる。ここに来るまで、そしてここに来てからも二人は無言だったが、まるで最初から決まっていたかのようにどちらも動いていた。
雪はもう止んでいた。
そして、二人とも少し横を向きながら、
「来年もよろしくね、咲夜」
「気が早いですわ、お嬢様」
くすくすと咲夜は笑う。レミリアもにやけた笑い顔をしていた。
笑い終わると咲夜は体をきちんとレミリアに向ける。レミリアも咲夜が体を向けてきたことを確認してから向き合わせた。
「来年もよろしくお願いします」
軽く頭を下げながら咲夜はそう言った。
レミリアは何も言わなかったが、楽しげで満足げな顔を浮かべていた。
幻想郷の今年も残り少しだ。
しかし、やはり幻想郷の冬は変わらなかった。
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*実りの秋 その後*
宴会は終わりを迎えつつあった。天ぷらを食べる前から霊夢や魔理沙は満腹感を若干抱いており、天ぷらを食べきればもう限界のようだ。
早苗は残念そうな顔を浮かべていた。
「この後、一応まだあるんですよね」
話しかけるというよりも、ぐちとまではいかない独り言をつぶやくように早苗は言った。神奈子と諏訪子は事前に大体の段取りを知っていたので特に反応らしい反応はしなかったが、霊夢と魔理沙、特に魔理沙が強く反応した。
「まだあるのか、すごいな」
だがもうこれ以上は入りそうにもない。
そう続くような口ぶりだった。
「えぇ。と言っても後は栗御飯と、水菓子の柿だけですが」
二品、それも御飯物である栗御飯が残っていれば「だけですが」と軽く思うことはできなかった。魔理沙の顔はいやそうではなかったが、
「柿だけならいけそうだぜ」
そんなところだった。
「じゃあ、少し腹ごなしでもする?」
早苗を可哀想に思ったのか、はたまた単に魔理沙をからかいたかったのか、諏訪子が魔理沙に被せてきた。当の諏訪子も、もしかしたらお腹一杯なのかもしれない。
「なんだよ、腹ごなしって」
「んー、例えばそうね、楽しい神遊びとか」
「遠慮するわ」
それに反応し、即答したのは霊夢だった。
「楽しかったじゃない」
対する霊夢の顔は、いやそうだった。
先の一件で動いていたのは主に早苗と神奈子だった。諏訪子もどこかで動いていたかもしれないがほとんど表には出ず、霊夢も魔理沙も最初は諏訪子の存在は知らなかった。しかし、その後、魔理沙が「守矢神社にもう一人神様がいるらしい」という情報を聞きつけた。
そこで霊夢は事件解決後、もう一度守矢神社へ行った。そして、諏訪子と出会い、諏訪子に付き合わされて神遊び――と言う名のスペルカードルール戦、本人は弾幕お祭りと遊び感覚だったが――をした。つまり、それだろう。霊夢も断固拒否するとまでは思っていないはずだし、たまに意気揚々と戦いに臨む時もあるが、今はそんな気分ではないのだろう。
ならば魔理沙はというと、別に魔理沙の方は乗り気というわけではない。霊夢と同じような表情を見せている。
「じゃあ、花札とかでもやる?」
そして、諏訪子本人もやる気満々ではなかった。あっさりと別の提案を出す。しかし、酒の酔いが回った状態でやってもどうかという話になり、花札やそれに近いものも却下した。
「余ったら余ったで今晩の晩御飯にしますし、大丈夫ですよ」
早苗もずっと残念がっているわけではなくすでに考えを切り替えていた。外の世界のように冷蔵庫や電子レンジなどの便利な道具はない生活に順応しつつあるのだろう。
しかし、何の気なしにつぶやいた一言に、
「いいな。それ」
魔理沙がなぜか反応した。
「はい?」
早苗も思わず、困惑の色を顔に出す。
「だから、晩御飯だよ」
それでも魔理沙は説明らしい説明をしない。ただ、閃いて破顔したことを早苗に見せつけているだけ。特に説明は必要ないということか。
「あぁ、なるほど。そういうことね」
代わりに霊夢が応えた。そして、納得の笑みを浮かべる。だが、当の早苗は霊夢の表情も見て、より一層混乱していた。笑い顔にも色々あるが、二人が浮かべている笑い顔は似ていて、どことなく良い笑顔とは言いにくいものだった。
そして、理解したのは霊夢だけではなく、諏訪子も神奈子も理解していた。
「……それが幻想郷での暮らし方なのかい?」
諏訪子は何も言わなかったが、神奈子が諏訪子の分まで、ため息をつきながら口にした。二人の目つきは霊夢と魔理沙を憐れむようなものだった。また、その目つきは早苗にも向けられていた。
「……ああ、なるほど」
ようやく早苗も理解できたらしい。と、直ぐに霊夢と魔理沙を見て、ため息をついた。
「そこまでこの場を続ける予定はありませんでした」
それはそうだろう。早苗が設けた宴会は昼から、遅くて夕方までのはずだ。
まさか、御飯物の栗御飯を食べたいがために夜までずっとこの宴会を続けさせてそのまま晩御飯をご馳走になろう、という考えを二人が思いつくまで予想して行動できるはずなどない。
自分の考えが全員に知れ渡ったところで、魔理沙はより一層破顔した。そして、居座り続ける気満々である。霊夢も、晩御飯もついでに頂けるならと、この話を流す素振りを見せない。
早苗は少し唸った。
とは言え、別に構わないか、と直ぐに至った。
用意した栗御飯は五人分だし、付け合せのお新香などもあるし、諏訪子も神奈子も何も言わないし、このまま夜まで続いて困ることもないし、それに、
「では、夜まで和やかに楽しく過ごす方法をもう少し考えましょうか」
徐々に「まあ、いいか」と思う自分がいることに気付いたからだった。
「そうだな。とりあえず、おかわり」
魔理沙が軽く持ち上げた徳利を早苗は顔を綻ばせてそれを受け取った。そのまま、晩御飯の準備も兼ねて一度、退席した。
戻ってきた早苗の両手には新しい徳利と、柿が乗った大きめの皿が掴まれていた。
「順番は狂ってしまいますが、何かないと寂しいかと思いまして」
テーブルの中央に柿の皿を置く。徳利は魔理沙の元へ。魔理沙が手酌をすると、霊夢が別の徳利を早苗に向けて見せる。よく見れば、そうしたのは諏訪子も神奈子もだった。
「あの、楽しく過ごす方法については……」
「ん? そんなの」
霊夢は早苗に徳利を渡す。
「とりあえず、これがなきゃ始まらないでしょ」
頷くこともかぶりを振ることもためらわせた早苗だったが、
「幻想郷ではこうするみたいだし」
「早苗がせっかく柿を持ってきてくれたからね」
ああ、なるほど。
早苗は黙って了解した。
今度は三つの徳利を二つ、一つに分けて両手で持ちながら立ち上がる。
立ち上がって、四人を見渡しながら言った。
「私を置いてきぼりにしないでくださいね」
それに応えたのは杯を傾けさせていた魔理沙だった。
「そうだな。夜はまだこれだし、気をつけるぜ」
返された早苗はつい、笑ってしまった。笑って退席すると、諏訪子と神奈子が忍び笑いを、霊夢が含み笑いをしていた。早苗の笑顔は恐らく薄苦いものだった。
そして、宴会はまだ続くのであった。
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*冷をどうぞ その後*
目の前に広がる光景を前に気付けば棒立ちしていた妖夢だったが、意識を高めると直ぐにその光景の中に入って行った。歩く速度は競歩しているように、走ってはいないが急いでいて全身に力が込められていることがありありと分かる。
ずかずかと一つの小さな宴会場まで辿り着くと、
「何をしているんですか!」
今更ながらのことを、声を荒げて言った。
妖夢の怒声に反応し妖夢の怒った顔を見て、ようやく妖夢の存在を認めた赤い顔の霊夢はぼんやりと目線を合わせて、なおも平然としていた。いや、すっかり出来上がっていて、状況がよく分かっていないのだと思われる。
「……何か用?」
そういうことだ。
妖夢がさらに怒り、同時に困った表情をしたのは当然にも思えた。
同様に、
「よう、邪魔してるぜ」
のん気に挨拶をする魔理沙、
「冥界も悪くないですね」
にこりと笑う十六夜咲夜、
「宴会の道具を持ってくるのが大変だったけどね」
咲夜にお酌をしてもらっているレミリア・スカーレットのいずれも、妖夢が怒っていることなど気にも留めていない。いや、そもそも怒っていることすら把握していないのかもしれない。
「勝手に宴会をしないでください……」
今度は弱々しい声だった。声もそうだが、表情にも怒りよりか困惑の色が強く出てきていた。次の一声を発することすらためらっているようであった。
なぜか。
「あら、妖夢もどう?」
それは簡単だった。
「いや……あの、どうして幽々子様がここにいるのですか?」
乗り込んだ宴会にいつの間にか幽々子がいたからだ。
違う。実際は、妖夢よりも先にこの輪の中にいて、遠くにいた妖夢がその姿に気付かなかっただけだ。なぜ気付かなかったかというと、単に怒りで判断が鈍っていたのだろう。
一瞬でも我を忘れた妖夢は結果的に、主人に楯突いたことになる。血の気が引いたり非常に困った表情になったりするのも無理はないだろう。残念なことにだれも慰めてくれない。全員、すでに出来上がってよく分かっていないのだから。
「ほら、妖夢もいつまでも立っていないで、座りなさいよ」
幽々子の命令に逆らうことはできず、妖夢は座る。しかしそれは、縮こまるが正しい表現に思えた。辛うじて足の力が残っていた妖夢はよたよたと正座を組み顔は自然と下を向いていた。そんな風に見えなくもなかった。
別に幽々子が妖夢にきついお仕置きを与えることはないのだが、まともに顔を向けられなくなってしまうのが妖夢なのだろう。
「とりあえず、はい、これ」
幽々子の声に反応して思わず顔を上げた妖夢。目の前には杯があった。
「あ、すみません……」
そして、反射的に受け取ってしまった。
杯を持てばどうなるか。
「ほいよ」
魔理沙が酒瓶を片手で持ち上げて妖夢に注ぐ。それは当たり前の光景。
酒を注がれればどうなるか。
「……いただきます」
飲むしかなかった。
気付けば、妖夢も宴会の輪にすっかり入っていた。杯の中を干せばだれかが注ぎ、だれかの杯が干していれば注ぐ。そんな、当たり前の光景が広がっていた。
段々と意識が怪しくなっていく。
それでも妖夢は思った。
(きっと、後片付けは……)
自分のそばでだれかが笑っている。周りからは楽しそうな声が聞こえてくる。
その中で妖夢は目の前にある液体がお酒でなくなることを望み、こう思った。
(……あつい)
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*春の芽 その後*
夜の永遠亭。周りは竹林に囲まれ、しかしそれでも美しい月の光が届いていた。幻想郷の中にありながら長く人知れず存在していた屋敷は、今もその姿を迷いの竹林の中に潜めている。訪れる者は少なく、迷うことなく訪れることが可能な者も少ない。
しかし、今夜は違った。
「珍しいわね」
「……そうかもな」
妹紅の眼前には八意永琳の姿があった。永遠亭の入り口にゆらりと立ち妹紅を見つめている永琳の姿に、妹紅も応える。
「今日は急患とかではないみたいね」
「そうだな」
永遠亭には凄腕の薬師(医者)がいる。それが永琳。妹紅は病気を患った里の人間を永遠亭まで運ぶ際の護衛している。だから、本来なら里の人間が一人以上はいるはずなのだ。それがいない。永琳が言葉を考えながら発しているのだろうと妹紅は薄く笑いながら思っていた。
妹紅と永遠亭に住む輝夜は殺しあう関係にある。
つまり、本来はこうして敷地をまたぐことが簡単にできるようなものではない。いや、今も気軽に入った訳でもないし、張り詰めた空気が辺りを包み込んでいる。
永琳は輝夜の従者でもある。妹紅の思惑がはっきりしないなら輝夜に会わせる訳にはいかない。永遠亭の中には輝夜と永琳以外だれもいないという訳ではないが、妹紅の警戒度を考えて直々にお出ましした。こんなところだろう。
「それで、何の用?」
あくまでも穏やかに永琳はたずねる。にこやかに笑みを浮かべ、口調も柔らかい。しかし、それ以上踏み込むことは許されない気迫がにじみ出ていた。静かに臨戦態勢を取っている。妹紅はしっかりと感じ取っており、今は動く気配を見せない。
だが、妹紅も似たような雰囲気ではあった。
「ああ。ちょっと金目の物を頂こうと思って」
だからこそ妹紅のこの言葉に永琳は思わず首を傾げ、焦りはしないものの少しだけ素の表情をとってしまった。多少なりとも永遠亭に訪れた理由を推測してたであろう永琳にとって、妹紅の言葉は予想外であり、また、普段の妹紅からはあまり連想されない単語も出たからだ。
「……醤油が切れたとか?」
色々考えたのだろう。結果としては的外れな質問となってしまったが。
「なに、金目の物をいくつか手に入れば直ぐいなくなる。それ以外の気はない」
だから心配するな。
納得できるはずなどなどなかった。真正面から「これから何か盗みます」と平淡に、それも当たり前のように言われても困ることしかできなかった。
「急にどうしたのかしら?」
「気まぐれだ。気にするな」
無理があった。
永琳は直ぐにでも火蓋を切ろうかと考えた。妹紅も応戦するだろう。勝てば妹紅も潔く退くに違いない。勝てる見込みも自信も永琳にはあった。しかし、そもそもなんでこんな風になっているのだろうという、ぐちに近い悩みが薄ら頭の片隅に過ぎっていて妙なところで冷静さを欠くことができなかった。
緊迫した空気が続く、
「あら、お客さん?」
かと思われていた。
いつの間にか、永琳の後ろに輝夜がいた。いや、輝夜は永遠亭の上空からふわりと降りてきて、永琳の後ろでまだ僅かに宙に浮いていたのだが、妹紅と永琳には気配を感じ取れずそう見えただけだった。
「どうしたの、こんなところで」
輝夜は変わらずのん気な口調で話しかける。永琳はまた少し困った表情をしたが、妹紅は変わらず平然としている。内心は分からないが。
「ああ、丁度良かった。お前の宝物を少し分けて貰おうと思っていたんだ」
「どうして?」
妹紅の突拍子もない言葉にも輝夜は動じなかった。
妹紅は黙る。理由を述べることをためらっているという感じではなかった。
「気まぐれだ」
結局、放った言葉は永琳の時を変わらなかった。
「そう」
短く返した輝夜は永琳よりも前に出る。永琳が止めようとしたが、やんわりと断った。そして、浮いていたその身をさらに天へ近づけた。
「来なさい」
そそるように言って輝夜は永遠亭の屋根に立つ。妹紅も挑発とは思わず、無心で輝夜の元へ行く。永琳は行かなかった。
「なるべく建物を壊したくないからもう少し移動したいんだけど、いいよね」
「構わない」
輝夜は再び上昇し、そのまま竹よりも高い所へと行ってしまった。妹紅も後を追い、輝夜の場所まで近くなった時に、何の気なしに下を見ると今度は永琳が屋根にいた。だが、妹紅は特に警戒せず上空へと辿り着いた。
「ここでいいかしら」
「まぁ、私は特に」
夜の幻想郷を一望に収めることができる空の中、美しい月の光がこれから始まる戦いの場のスポットライトとなっていた。きっと、これから始まる戦いに気付く者も出てくるだろう。
しかし、二人にそんなことは関係ない。
「さぁ、始めましょうか」
輝夜は両手を広げる。
「あぁ、行くぞ」
輝夜は左手で握りこぶしを作り、右手でそれを覆った。
空であるはずなのに、辺りはざわついた感じがしていた。
スペルカードを使ったのは輝夜だった。
『神宝「ブリリアントドラゴンバレッタ」』
輝夜がそのスペルカードを宣言した瞬間、輝夜の周りから光り輝く球体が出てきた。光の球は何色もあり、そして、そこから長く鋭い弾幕が一斉に放たれ妹紅の周りへと飛んで行き、その後に光の球も降り注ぐようにゆったりと飛んで行った。。
妹紅は飛んでくる弾幕を静かに見据え、そして、少し動いてはかわし、また少し動いただけでかわした。輝夜は全ての弾幕を妹紅には向けておらず、もし、妹紅が慌て急いで回避しようとしても逃げにくいようになっている、やや無作為要素のある弾幕だ。ゆえに「これだ」という見切り方は存在せず、妹紅はとにかく落ち着いて前を見ていたのだった。
美しい攻防が続いた。
煌びやかに周りを照らしながら飛んで行く鮮やかな弾幕は、客観的に見れば華やかだろう。しかし、輝夜はもう攻略されたと思ったのか、それとも飽きたのか、
『神宝「ブディストダイアモンド」』
次のスペルカードへと移り、今度は輝夜の前に沢山の石が並び始めた。それは石の姿形が見えなくなるほどの白い輝きを放ち、そして、そこから白くて激しい光線が勢いよく発射された。妹紅は紙一重で避けたが、さらに小さな星型の弾幕と、妹紅を狙うやじりのようなものが輝夜の周りから放たれた。
妹紅はこれをもじっと見据える。光線は妹紅の退路を阻むものだと考え、星は惑わすものだと思い、最も意識するのはやじりだと奮い立たせた。そして、ふっと体を曲げてそれをかわす。しかしながらそれで終わることはなく、光線は射出場所を変え妹紅を動かし、星々はその移動を邪魔し、そして飛んでくるやじりが妹紅の体を狙う。大きくよけようとすれば白く輝く光線にその身を当てることとなる。
本来ならそれでも構わなかった。しかし、今、二人がしているのは純粋な殺し合いではない。
幻想郷で決闘をする際に用いられているスペルカードルールなのだ。スペルカードを受ける妹紅側はただ闇雲にぶつかってはいけない。妹紅の勝利条件は向こうの体力が尽きるか、提示されたスペルカードを全て攻略するかのどちらか。
輝夜が提示するスペルカードの量は分かっていた。輝夜は使用回数を提示していたかもしれないが、妹紅は初めから分かっていることだと思いほとんど聞いていなかった。
聞いたところで輝夜のスペルカードの攻略法がつかめる訳でもない。
妹紅は静かに汗を流していた。
一方の輝夜も、楽しく涼しげに弾幕を張っているが一つ目のスペルカードが攻略されて全く同様しなかった訳ではないし、疲れを感じない訳でもない。本当は最初から全力で行っているのに、まずは小手調べというような雰囲気を出す見栄くらいはあった。
お互いにお互いのことをよく知っているため、それは決して口に出さず顔に出さないように努めている。弱みを見せた方が負けるというよりも、今更の感が強いからだろう。
しかし、幻想郷に来るまでの決闘と幻想郷に来てからの決闘は違っていた。それは、スペルカードルールに則って行っている決闘だからというだけではない。
遠くで永琳は二人の戦いを眺めている。
「大丈夫なんですか、師匠」
横から声がした。
永琳が首を落とし、横を向けるとそこには鈴仙・優曇華院・イナバがいた。そして、さらにその隣には因幡てゐの姿もあった。二人の兎の耳が空へと向けられており、妹紅と輝夜の決闘の様子を永遠亭の屋根の上からでも感じ取っているかのようであった。
「まぁ、大丈夫でしょう」
永琳は穏やかに告げた。視線は空から外れている。
「もう、大丈夫よ」
今度は独り言のようだった。鈴仙も横目で師匠の姿を見ただけで返事はしなかった。てゐは少し不敵そうな笑い顔でずっと黙っていた。
妹紅は途中から、なぜ自分は輝夜と戦っているのか、その理由を忘れていた。
輝夜も途中から、なぜ自分は妹紅と戦っているのか、その理由を忘れていた。
だが、お互いに今はそんなことを気にかけている余裕がなかった。
一瞬でも隙を見せれば敗北が迫る。そこに死は付かないが、やはり負けるのは悔しい。
しかし、だからこそ全身全霊、全力で今≠味わえる。
二人は気付かない内に楽しんでいた。
そして、勝負はまだまだ終わりそうになかった。
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ここまでのお付き合い、ありがとうございました。
2010/12/30
水木 真