水木 真


 夜の山、辺りは満月の光すら飲み込んでしまう森に囲まれた暗闇の大地。頂上も雲と闇で見る事が出来ず、山は他から世界を切り離された陸の孤島と言えば良いのだろうか。
 その雄大で孤独に見える山のまだふもとと言える、一面を展望する事が出来る崖に、一人の少年がやって来ていた。
 少年を『少年』と呼んだのは着ている物が、下は周りの闇に溶け込んで見えなくなりそうな黒のズボン、上は月明かりに照らされ他と対照的で際立つ白のシャツであり、髪は短く顔は何処と無く中性的で尚且つ明かりが乏しく判別が容易では無いので、要するにその子供を分かり易く呼ぶ為に『少年』となんとなく決めたのだ。
 崖の手前まで辿り着いた少年は、地面に生えている草を座布団代わりにして座……ろうとしたが、その前に何故か頭を下げて、それから改めて腰を下ろす。
 不可解な事だが、もしかしたら先ほどの行為はどうしても踏んでしまう草に対する断りと謝罪を込めたお辞儀だったのかも知れない。そう思うと、そういえば微かに口が動いていて、ごめんね、と言っていた様な気がするし、少年の体が少しだけ地面から離れている様に見える気がする。勿論、それは錯覚であり、少年の行動も、例え予想が当たっていたとしても単なる自己満足でしかならない、と考えてしまう。
 しかし、こんな思考すらも少年にとってはどうでも良く、最早済んだ事なのかも知れない。その証拠に、今、少年の視界には空しかない。
 月は満ち、星は幾多、雲は散り散り。けれども今宵の天は優柔不断なのかそれとも気紛れなのか、何処か落ち着きが無く彩りを変えて見せる。
 それはそれで面白いのかも知れないが少年にとっては気分を害すものだったのか、今度は下にある森を見下ろし始めた。ただ、そういえば、座ってからずっと足を時にゆっくり時に小刻みにぶらぶら揺らしていたので退屈と言う訳では無いのかも知れない。
 問題は、今度は崖の下まで覗こうとしていて落ちないかと見ている方がハラハラする様な体勢でいる事だ。けれど、当の本人はそんな感情は一切無い模様で、見難いと思われる崖の岩肌を少し楽しそうに眺めている。手はきちんと崖を掴んでいるが、足は大きく動いていて子供らしいと言えばらしい。
 見飽きれば標的を森に変え、また下を眺め続ける。何が心を動かすのかは少年にしか解らないが、退屈と言った言葉が出てこないなら悪くないか、とそれまでにする。
 ……やがて、下の世界にはもう興味を惹かれるものが無くなったのか、次は自身の後ろ、つまり、仰向けになって地面にある草や小さな花を愛で始めた。
 倒れる様に草のベッドに体を預けて少年の顔が少し見えたが、余りにも暗闇の世界を見ていた所為か眼までが真っ黒くなっている様に思えた。そして、その考えは少し変であり、少し心配しながら小さな虫と戯れていた少年の顔を見ると……確かな光が宿っている事が判り、杞憂だったと安堵する。
 ――そうして、そこで始めて至る。
 少年は、何でも良いから、自分を満たしてくれるものを探しているのでは無いのだろうか?
 今している事は小さく咲いた花を撫でる様に触れていると言う博愛精神溢れる行動と見られるが、その実愛されて欲しいと願っている少年が、誰かに自分がしている動きと似た事をして欲しいのかも知れない。空を見上げたり崖を見下ろしたりしていたのも、自分以外の誰かがいないか探していたのかも知れない。
 全て仮定、空想、推測の域を出ていないが、少年が醸し出す雰囲気は子供らし過ぎるとも言える。善も悪も混じり、そんな言葉すら知らぬ判らぬ無邪気な……なんて、我が子の理想形を願う親か、一度荒んでしまった心が憧憬をするか、もしくは懐郷の病に悩まされる人の見る夢か……。
 一瞬見えた、輝きが失われた瞳は、遊んでくれる友達が全然いなくてちょっといじけてしまった子供、と言えば在り来りだが可愛いと思う人もいるかも知れない。けれど、遊び相手をひたすら探して迷走する少年を果たしてそんな風に思えるのだろうか……。
 焦りや不安が更なる焦燥感を引き立てる連鎖が止まらなくなりそうな一方で、少年はたまに寝返りを打ちながらのんびりと草花遊びをしている。その仕草はとても悠然としていて先ほどの考えを忘れ、見ている側さえも和んでしまいそうだ。
 だが、ついに、少年は夜空を見上げ始めた。
 初めは寝転んだ体勢を変えずにぼんやりと、少ししたら再び足を崖にぶら下げて顔を空に向け、その間に少年は憂いを帯びてしまっていた。
 天空は雲が月と星を包み込んでしまい闇夜と化してしまっていて、まるで少年の心の様だ、と言えば何て陳腐で的確な表現だろうか。そして、光が薄らいでしまってはこの山に残された色は漆黒と、少年の着ているシャツが唯一の純白か。
 なれど、少年は一つの色、いや、光を見つけていた。
 少しだけ首を左に曲げて木々の海を越えた先に、小さな灯火らしき光が薄らと赤く映えている。
 あそこには村か町か、兎に角人が住んでいるのであろう。もしかしたら少年はそこの住人かも知れない。この山は少年の散歩コースか秘密基地に近いもので、何か嫌な事があって勢い任せにここまで来たのかも知れない。
 そう思いたいが、残念ながら少年はまるで初めて見るかの様に町明かりを見つめている。あんな所に温かそうな光が……と目が語っている。けれども、自分はあそこへ行けない。彼の地をどんなに馳せても辿り着けない。森林と言う結界が自分と灯りを遮る。行きたいと思っても行けない。そう、悲痛の想いが見えない涙と共に流れ去って消えた。
 一体、少年が望み、叶う場所は何処なのだろうか。
 確かに願う事は誰にだって出来る。けれど、叶える事を出来るのはほんの僅かなのではないか。幾ら吐露した所で虚しく散るだけとなるなら、無駄な感情と時間を掛けずにしっかりと先を見て動いた方が余程良いのではないだろうか。小さな思いは小さな思いのままにして、視野は広げず道を広げて、踏み込んではいけない世界があると知り残された世界で上手くやりくりすれば、怯えず震えず苛立つ事無く悲しむ事無く、不相応にならない程度にして、自身を弁えて、当たり障りの無い様にして、傷つける事も傷つけられる事も避け、偶に怒りをぶつけて、有意義に感じられる事を見つけて、楽しさを適度に続けて、少しでも良いから誰かの為に生きて、安らかに現世を去る――。
 それが、願う事?
 それは正しいの?
 それで満足なの?
 それは本心なの?
 それが、君の夢?
 ……………本当に?
 ……。
 ……。
 ……。
 ……。
 ……………。
 少年は天を見上げた。
 つい少し前まで曇り空だったはずが、今では満月が光を余す事無く射していた。徐々に晴れて見える星々も己の輝きを精一杯魅せている。
 少年の想いは何処まで広がり、何処まで突き進んでいるかは分からない。もう見えない町明かりでも無く山の頂でも無く、広がる大空かその先にある――何処か、か。
 もし、目指す先がずっと遠く、果てしない程長い道だとしたら、少年は一体どうするのだろうか。いや、今はもうそれすらも杞憂となってしまうのかも知れない。
 この山を、この海を、この世界を越えて往く姿は翼の無い天に住まう人だ。
 人が空を飛ぶ事は出来ない。けれど、少年がもし、心の底から望んだとしたなら、それが例え通過点であったとしても、少年なら。少年ならば出来るはず。
 それが、少年が見ている先なら――。





 そして、少年は空を舞った。



完 




後書小言あとがきこごと

 どうも、水木です。
 この作品は2008年の文化祭に載せた作品です。

 そして、この作品で終わ……れなかったです……(涙)。

 ただ、自分が文芸部に入り、一個目の作品を載せて次の作品を書こうとした辺りで
 「このまま行けば、合計五つの作品を書く事になりそうだな……」
 なんて思い描いて、大体の流れはその時に作ってしまったのですが、まさかもっとお世話になるとは……。
 と言う訳で次から(計二作)が非常に困っています。
 まぁ、そう言いつつ何か書くでしょうし、最悪、封印していたアレを……。

 作品的には、集大成ちっくな感じです。あ、これ、部誌でも書いたな。
 の時点ではあやふやだったのですが、ようやく自分の作風、まぁ、書こうと思う物が定まってきました。やっぱり書き続けるって大事ですね。(そう言える程書いている訳では全く御座いませんが
 ただ、この作品も切羽詰ってか、と言うよりも、物語の入り口(つまり書き出し)に物凄く悩み、気付けば自分で設定した〆切り日当日だったので(これでも部誌に書いたのですが)本当に一夜漬けで書いた作品でして……。色々酷い。
 とりあえず、短いですね。もう少し長く書けば良かったです。波に乗れない(気持ち高ぶる・テンション上がってきたぜー、が無い)とこうなるんだと改めて思いました。
 また、今まで一人称書きだったのに突如三人称書きに挑戦して、書き方の間違えが無いか今でもハラハラしています。最初からこの作品は三人称で書くと決めていたのですが、それなら何故、練習しておかなかった、自分。(練習出来るチャンスは最低でも三回はあったのに
 それと……感情を前に出し過ぎました。深夜って気持ちが不安定になりますね、やっぱり。それが狙いでもありましたが、前面にやり過ぎると……は、恥ずかしい……。

 まぁ、後悔しても仕方ないんで、次に生かせる様にします。
 ……時間があったら、全部書き直したいですが。

 そういえば、全然関係ないっちゃ関係ない話ですが、これもドミノ辺りから自分の中で明確にした
 「自分ルール」
 なんですが、まぁ、ぶっちゃけどうでも良いと思う方が殆どですが、一応書き残しておきます。
 ……こういうの書きたい奴なんです。後、忘れない様に、も。

 まず、第一に「キャラクターの名前を出さない」。
 これはの時に、
 「キャラのイメージが沸かない」:「キャラの名前を考えるのが正直面倒」=8:2
 って言うのがありまして、そこで
 「いっそ出さなきゃいいじゃん」
 と開き直った結果、全キャラの名前は無く、『先生』や『お前』、『あんた』など別の呼び方で行きました。
 それをドミノの時に決めた『自分ルール』の中に入れた訳です。
 実際、僕は色々話(妄想)を考えても、キャラクターの容姿・体型等は余り想像せず(精々大まかな身長や胸の大きさ・カップ数。髪の毛も決まったり決まっていなかったり。目の色なんてもっての他)、性格や性分ばかりを考えてしまいまして、明確に書くと言うのが非常に苦労しています。
 同様に、風景もなんですが、そこは勉強不足、妄想不足ですね、きっと。
 『名前を考えるのが面倒』って言うのはむしろ逆で、かなり肉付けしてある作品のキャラクターは、多分自分の子供に名前付ける位考えて付けています。苗字はこういう意味で、名前はこういう意味で、と。(ただ、洋風の名前は意味が分からなかったり法則が知らなかったりして未決定のキャラもいますが……まぁ、それは置いて
 ただ、文芸部の作品には、それがちと『荷』であったと言うのが正直な所です。
 また、途中で
 『文芸部で書く作品は“透明”感がある物に』=『名前無い方が自分の作風と合っている』
 と言う考えが出てきたので、やはり変更する事無く、ナナシのヒーロー・ヒロインが出てきます。
 しかし、
 『考え出し始めて何も考えていなかった』ドミノ
 『名前以外の、キャラにあった呼び方が思いつかなかった』line
 苦労した記憶があります……。
 は設定勝ちですね。
 そしてこの作品『む』は最早。

 次に考えたのは「遊び心を入れる」事でした。
 簡単に言うと僕はギャグを書くのが非常に苦手なので、まぁ、練習と言う事で何か一つ入れようか、と思ったので実行しました。但し、『む』はそんな余裕が無いって言うか内容的に入れられないので無いです。
 元々はの序盤にヒロインが言おうとした『ナニカ』がちょっとその……、て感じだったので何とか修正(?)しようと思った事から始まったのですが、結果的に割りと自分の中で好きな『パロディ』ネタにしました。
 ……これだからオタクは……。
 と自分で思いつつ、なるべく自然に入れようと模索。一応、自分の中では作品を追う毎に自然に入っていると思っています。
 ちなみにどれ? と言う方に下に答えを載せておきます。一応、白で(少し見えてしまうのは仕様です)。
 ドミノ序盤〜中盤辺りの『覆面のマッチョ共にでも制裁を喰らってしまいそうな状態でいるが(略)』→『突撃パッパラ隊』のしっとマスクさんたちの事。ガンガン読者なもんで。今読み返すと殆どノリで……。しかし、逆にネタが分かったり、しっとマスクに賛同したりと。
 :中盤〜終盤辺りの『あわてるな、これは……。』→『横山光輝「三国志」』の司馬懿先生の台詞「あわてるな、これは孔明の罠だ」を途中で区切ったもの。流石に全部言っちゃったら不味い気がしたので。ちなみに『1』の後書で「張良」と書いてあるのですが、それはソウイウ意味です(横山光輝「項羽と劉邦」の「張良」が「孔明」に絵的にもポジション的にも非常によく似ている)。某カードゲームをやって三国志にはまっていた時期だった気がします。

 line中盤(転)の『――彼女はエスパーか? まぁ、多少の接触はあったから読み取られていたとしても……って違う。』→『絶対可憐チルドレン』の紫穂の能力『接触感応能力者(サイコメトラー)』。別にそういう感じの能力を持つキャラなら誰でも良いのですが、一応、自分の中ではこうなっています。あ、ちなみに僕はナオミが一番……いえ、何でも。
    実はもう一つあり、それは終盤(結)の『「これが犯罪とかに立ち向かった婦警さんの証、(略)」』→『機動警察パトレイバー』の野明が漫画版の最終話辺りで同様に頬に傷を負った事をちょっと真似してみました。アニメのパトレイバー、特にギャグは何度見ても笑ってしまうものが幾つもあってステキです。真面目なシーンも好きです。
(反転終了)

 後は特に無い気がします。流石に作品そのものの意味は……。
 それ以外にあったら……書き足すかも?

 (12/31追記)
 とんでもねえ事忘れていました……。
 タイトルに関してです。
 このご作品のタイトルは、ちゃんと意味のあるタイトルでもあるのですが、それ以外に「自分ルール」を入れて名づけました。
 まぁ、の時点では無く、『ドミノ』を決めた辺りで思った事なんですがね……。
 それで。
 取り入れた事とは、『一つのタイトルには一種類の字のみ』て事です。分かり辛いですね、すみません。
 現在、日本で使用されている主な字は『漢字』『カタカナ』『ひらがな』『英字』『数字』だと思います(正しい呼び方は置いて)。で、一つのタイトルにはその中から決めてその字だけ使う、と言う事です。
 漢字は『頂』、カタカナは『ドミノ』、数字は『1』、英字は『line』、ひらがなは『む』。
 特に意味が無いと言われればそうなんですが、ちょっと面白いかも、と思ってやってみました。そしたら、個人的にはまとまった感じになり、作品(タイトル)の意味合いがより引き出せた気がします。
 『頂』と『ドミノ』は偶然の産物って感じなので置いておきますが、『1』がすんなり決まり、『line』はちょっと悩み、『む』は「ひらがなだからこそ意味がある」と思っています。タイトルは上手く行った。
 今後も、こういう感じのは難しいですが、余裕があればこだわってみたいです。
 (追記終了)

 てな感じで、僕の二年と半年の短編作品集的な物は幕を閉じました。
 これからは……二次創作とかもやってみたいですね。あ、別に同人とかじゃなくて、普通に書いてここに上げるって言う感じです。一応話は考えあるのですが……まぁ。
 と言うか、季節が流れれば自然と文芸部作品を書いているはずなんで、小説を書かなくなることは無いはずです。
 そんな訳で、ただでさえ閲覧者が少ないこのサイトの、さらに見ている人は極一部であると思われる小説ページですが、まだまだ頑張って行きたいと思います。読んで下さる方の為に、自分の為に。

 では、長くなりましたが、この辺りで失礼します。

 有難う御座いました。



2008/12/16 水木 真 

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